山翠舎のベテランデザイナーであるKさん、Yさんへの率直な疑問を、見習いデザイナーのHさんが投げかけ、業界動向を踏まえながら、基準寸法やリアルな経験に基づく考え方を図解していく企画。
2回目は「照明編」です。
山翠舎がデザインするお店はなぜ雰囲気がよい空間が多いのか。
そんな疑問を照明からひもときます。今回は山翠舎のゲストアドバイザー・S氏も登場…?
◆登場人物
ベテランデザイナーKさん
ベテランデザイナーYさん
見習いデザイナーHさん
ゲストアドバイザーS氏
Hさん
今回は照明について私から聞きたいことをあげてきました。
ひとつめが色の温度について。
山翠舎が設計したお店で一番使っている照明はどのくらいの明るさか。
厨房の中は白っぽい光がよいのか。
トイレの照明はどのように考えたらいいか。
全体の色温度をどう構成していけばよいかをお聞きしたいです。
Yさん
色温度といっても一般の人にはわかりづらいんですが、光源が発する光の色を表すための尺度のことです。
赤黄色い光の順番でいったら、
【ろうそく→電球色→温白色→白色→昼白色→昼光色】
という並びです。
電球色というのは一般的な裸電球の色で、2700ケルビン(色温度を表す単位)という明るさになります。
Kさん
太陽光は5500〜1万ケルビンとされていて、それに近いということで昼光色は5500ケルビン、温白色は3500ケルビンが一般的ですね。ろうそくは2000ケルビンです。
Yさん
こうした数字が大きくなるに従って、より光が赤黄色から白っぽくなり、太陽に近くなるほど青っぽくなります。
だから、昔の事務所の蛍光灯は妙に青っぽかったんですね。
あれがいわゆる昼光色ですが、最近はあまり人気がない光で、オフィスでも近頃は白色まで。
飲食店の厨房で料理人が一番望むのも白色です。
ただ、コンビニでもローソンは白色を使っていますが、数年前から多くのコンビニでは温白色が多用されています。
近年はリラックスできる雰囲気重視の傾向がありますね。
つまり、赤黄色っぽい色のほうがリラックス効果が高いということですね。
逆に白色は集中力が高まったり視認性が高いということですか?
Yさん
色がわかりやすくなります。
例えば、肉が新鮮かどうかがわかるので、料理人からしたら白色が理想ですよね。昼光色だと青みがかってしまうのでくすんだ色になり、新鮮なものでも新鮮ではなく見えてしまいます。
Hさん
昼光色に向いている場所はありますか?
Yさん
昔の倉庫とか車のショールームとか、明るさが要求される場所は昼光色が多かったりしますね。
Kさん
昼光色は光が強いので、広くて天井が高い場所でないといけないんです。
大空間を電球色の強い光で照らしても眠く暑苦しい空間になってしまう。目が苦しいというか、はっきりしないというか。だから、水銀灯とナトリウム灯を混ぜた混光が使われていました。今でもトンネルなどに使われています。
ふたつの光を混合させて温白色のような色を作っていたんです。
今は色の温度調節ができるLEDが普及する便利な世の中になったので、そういう使い方はなくなってきています。
Yさん
余談ですが、園芸をしていたり、アクアリウムで熱帯魚を飼っている人は、昔は水銀灯を太陽の代わりの照明として使っていました。
最近は各メーカーが、最終的に宇宙空間でも植物が育てられるようにと、室内でも光合成ができる照明を開発して、青みがない白色を使っています。
なぜ白色を使うかというと、アクアリウムの中で魚が泳いでいる様子が一番きれいに見えるから。本当の天然色がきれいに見えるのが白色です。
だから厨房でも鮮度の判断がつきやすいのです。
Kさん
その話にもうひとつ加えると、ライトで照らしたときに、より太陽に近い自然な色で見える高演色という光があり、スーパーなどでは生鮮品を高演色で照らすことがあります。
Yさん
美容室や店舗のトイレでも使います。
女性が血色よく、化粧映えして見えるんです。
Hさん
それを踏まえて私の疑問は、山翠舎のお店で、カウンター越しにオープン厨房がある場合の光はどうしたらよいか。
また、トイレでお化粧も直したい方もいますが、
雰囲気のあるお店のトイレは店内と同じように暗い雰囲気を保つのかということです。
Kさん
雰囲気のよい照明を使った小さな店で厨房は蛍光灯を使って明るくしてしまうと、ふたつの異なる光の空間ができてしまい、一体感がなくて最悪です。
そこで、店内と厨房を同じ赤っぽい光にするのが基本ですが、料理人は赤い光で照らすと食材の色がわからないという方がいらっしゃいます。
特にお寿司屋さんなど和食店で修業をしていた人は、白っぽい光を好む傾向があります。
ただ、それを優先することで店の雰囲気が壊れるのは、お客さんにとって総合的によくない。
だから、どうしても厨房を白っぽい光にしたいという場合は、厨房の中で厨房も店内と同じような赤っぽい光に白っぽい光を混ぜて使います。
手元の部分は白っぽく明るくすることで空間全体を統一させるのです。
また、人は目で見ておいしさを感じるところもあるので、基本は店内を明るくしないといけません。
だからといって、照明が明るすぎると雰囲気が出ません。
そこで、グレアレス(まぶしさの少ないダウンライト)で明るさをカットし、手元だけ明るくする照明を使うこともあります。
手元は明るくして空間自体は暗くするという照明の方法が、どんなデザインにおいても雰囲気のよいお店に見えます。
Hさん
店内も厨房の中も暗くし、手元はグレアレスやピンスポットライトで照らすということですね。
Kさん
客席もなるべく手元の部分だけ明るくするために、吊り棚の下に照明器具をつけるような方法で明るさを取るのが一番いいかなと思います。
天井からのダウンライトにすると天井面も明るくなってしまいますから。
ただ、モダンでスタイリッシュにしたいならピンスポットでお客さんが座るカウンターの天板を照らします。
Yさん
僕はグレアレスは使ったことがないんですが、結局、本格的な料理を作りたいお店は照明にはこだわりますね。
Kさん
高級な和食屋の場合、ものすごく明るい照明の店があります。
空間にかなり気を使っていて、全部見せても自信があるという店です。そういう発想方法もあります。
Yさん
優先順位の一番は、お客さんに非日常を演出してあげることですね。
ちなみに、照明メーカーの照明デザイナーは調光器を使いたがりません。
ただ、厨房で働いていた人間から言わせてもらうと、営業中は雰囲気重視ですが、
営業時間が終わって掃除をするときは店内や厨房を明るくしないと汚れが残ってしまいます。
だから、お客さんが帰ったあとに思いっきり明るくして掃除をしたり忘れ物を見つけるという現実もあります。調光はそういう役割でもあります。
Kさん
調光器も全部いっぺんに明るくしたり暗くしたりするよりは、なるべく数を少なくしてポイントとなるところを細かく調整できたほうが演出効果は高いですね。
Hさん
トイレはどう考えればいいですか?
Kさん
トイレも厨房のように、暗い雰囲気のお店でトイレを明るくしてしまうと、やはり興ざめしてしまうところがあります。
なので、女性がお化粧を直したいのもあるかもしれませんが、トイレの照明も暗くして、なるべく空間の延長線上にしたほうがいいというのが僕の考えです。
ダウンライトより、もう少し空間を演出するような照明が面白いと思います。
例えば、天井からペンダントライトを落として手元だけ明るくするとか、行灯のようなものを置くとか。
そうなると、鏡で顔が見えないというクレームになるかもしれませんが、その場合はホテルのようにミラーの下端などに間接照明を入れたり、天井面にグレアレスのダウンライトを使って頭の上にしか光が落ちてこない方法にします。それがスタイリッシュなトイレの手法です。
Yさん
僕が今まで何回か手がけたのは、鏡のまわりにライトがぐるりとついている「ハリウッドミラー」です。
女性客が多い規模の大きい店で使いました。
それと、便器の上に照明を設ける場合、女性と男性の立ち方の違いを考えないといけません。立って用を足す男性もいるので、照明を取り付ける位置によってはよく見えなくて汚されてしまう場合があります。便器の上の照明は女性向けで、タンクの上につけるのは男性向けです。
Kさん
僕はそれに難ありです。便器の上の天井につけるのが基本ですが、そうすると雰囲気がないので、洗面台の上などにつけるほうがいい。小さなトイレなので、洗面台の上からの光で便器が照らされるという発想です。
洗面台と便器の上、ふたつつけるとものすごく明るいトイレになってしまうので、どちらかにつけるとなると、便器よりも洗面台の上を明るくしてあげたほうが女性はいいのではないかと思います。
Yさん
僕もトイレではあまり天井に照明をつけず、ブラッケット(壁付け)やミラーの上など、見た目にかっこいい場所を選んでつけています。
Kさん
カウンターの上に小さな行灯のようなスタンドライトを置いて空間を明るくするやり方もしています。
どこまでトイレに対して演出してくかという問題ですね。
Yさん
飲食店を経営される方々は、女性客にいい印象を持ってもらいたいということで、だいたいトイレを重要視します。
現実的に予算がそこまで回らないので難しいところもありますが、皆さんの気持ちは費用をかけたいというところです。
Kさん
トイレはあまり明るくしないでお店の延長線上にしますが、機能的にするのか、演出を重視するかはコンセプトによってという考え方でいいと思います。
Hさん
トイレは空間の雰囲気の延長線上で、照明位置で工夫できるということですね。
「vol.2 照明編/中編」へ続く。