雰囲気がよいお店づくりのポイントを照明からひもとく「照明編」。
山翠舎のデザイナー3名とゲストアドバイザーS氏の4名で語る店舗デザインの考え方。業界動向を踏まえながら、基準寸法やリアルな経験に基づく考え方を図解していくこの企画。
今回は、「照明編」の前編・中編に続く後編です。
▶照明編/中編はこちら
◆登場人物
ベテランデザイナーKさん/ベテランデザイナーYさん/見習いデザイナーHさん/ゲストアドバイザーS氏
Hさん
それでは、意匠としての古木を際立たせたいとき、皆さんがやっている照明の方法はあるのでしょうか。
Kさん
せっかくデザインした古木の柱や梁を光で照らしたいと思いがちですが、
見せたいところを照らすと空間のポイントがなくなってしまうんです。
照明を照らす箇所を多くすると、空間の何を一番見せたいのかが見えなくなってしまう。若手デザイナーがよく陥る問題です。
効果的な光の見せ方としては、一番見せたいところだけに光を当てる考え方にしたほうがいい。
よくあるパターンですが、言いたいことをたくさん文章で書くと表現が弱くてつまらなくなるのに対し、ひと言で表現するほうがインパクトがある分、難しい。空間においても一カ所を照らすほうが難しいんですが、空間の表現方法としてインパクトがあります。
とにかく「ポイントを表現するためには、たくさん光を当てないほうがよい」というのが僕の考え方です。
古木は空間の反射の光で見えるくらいでいい。そこにおける人や料理など、主となるほうに光を当てて、漏れた明るさで古木が見えるほうが奥ゆかしいんです。
古木が主張しすぎてはいけないというのが僕の発想で、古木は普通にあるのが格好いいと思います。
Yさん
僕も古木に意識的に照明を当てることは滅多にありません。
お施主さんから「せっかくこんなに立派な梁を入れたのに」と言われたことがありますが、
古木自体に存在感があるから、あえて照らさなくていいと思っています。
▼門前茶屋 古木の存在感を生かした空間
Kさん
光は反射するから見えないことはないんです。黒く塗った天井に黒い梁を入れるのでなければ古木は十分見えますよ。
一生懸命にデザインや塗装したところを見せたくなるかもしれませんが、お客さんとしては苦労を見せられているようになってしまう。「気軽にやりました」というようなライトな感じにしないと、お客さんにとっては重いんです。
Yさん
それと、照明を天井につけずに古木の梁の上につけて天井を照らし、間接照明のように使ったことは何回かあります。
天井から光が跳ね返って梁が明るくなるという方法です。
ほかに、床からアッパーで照らすやり方もあります。
Kさん
それと、例えばペンダント照明を垂らした時に、梁も見せたいのであれば、ペンダントのシェードをガラスにすると柔らかい光が漏れて梁にかかってきます。
▼日な田 カウンター上の梁とペンダントライト
Yさん
ガラスもレトロガラス調や磨りガラスにすると印象が変わります。
とにかく照明を当てるのは、料理が出されるお客さんの手元と店のサイン。極端にいうとその2カ所です。
それで、僕はエンドユーザー側から「なんかわからないけど、この店いいね」と言われるのが嬉しいですね。
何が良いかがわかってしまうとつまらない。
人によって感じ方が違うのでなかなか実現が難しいんですが、心がけるようにしています。そのときに照明が大事なんです。
Kさん
こういう結論にたどり着くまでには多くの失敗があって、失敗して感じたことをまた考えてやってみる、ということを繰り返してきて今に至っています。
Yさん
ちなみに、よく照明メーカーのデザイナーや照明士は、現場に照度計を持って来るのですが、
小空間で照度を出すのは何の意味もないんです。見た人の感じ方だから。
それが視覚照度※というものです。
(※視覚照度・・・例えば、暗さに目が慣れていると、少ない照度でも明るく見えるように、人間の視感覚は照度計や輝度計で測定される明るさとは異なる。)
Kさん
照明メーカーのプランナーは、自分の会社の照明が一番よく見えるような照明を配置するので、ものすごく高額な器具を入れますが、それも違う。
全体を統一してあげることが大事なんですね。
Yさん
ここまではあくまで演出照明の話です。照明の世界は奥が深いので、そろそろやめておいたほうがいいでしょう。ここから先は有料になります(笑)。
Hさん
スイッチの位置は、お施主さんの動きを想定して設定していますか?
Kさん
小さい店のスイッチは、カウンターからの目線の位置になりがちですが、なるべく座ったお客さんの目に触れない場所に設置すること。
というのも、スイッチはコストの問題から白い一般的なプレートがほとんどなので、黒っぽい壁では目立ってしまうんです。
どうしても目線の位置になってしまう場合は、下のほうにつけるお店もありますし、扉をつけてスイッチを隠すお店もあります。
コンセントもそうですが、黒いプレートは高価なので、白いプレートはなるべくお客さんに見せないところにつけるのが鉄則です。
あとは、一般のお客さんが入れる場所にスイッチをつけないこと。
お客さんが歩いているときに、ぶつかって店内の照明が消えてしまうことあるので、従業員しか入れない場所につけることです。
そして、極力一カ所にまとめます。
トイレはこまめに照明を消すならトイレの近くにつけます。
それと、倉庫のような場所は人感センサー付きのLEDにすると長持ちしますし、工事も不要で簡単にできます。
ただ、今後はスイッチや配線などがいらない世の中になるんじゃないかな。Wi-Fiで音楽をスピーカーに飛ばせるなら、電気自体もそうなるのではないかと思います。そうすれば、電気工事がいらなくなって、スマホで全部操作できるという方法になると思っています。
Yさん
僕からはふたつあります。
ひとつは、私がデザインしたY邸の茶室。どうしても目立つところにスイッチをつけざるを得ない場合、スイッチやコンセントは全部、聚楽壁(土壁)と同じ色のプレートを選びました。
▼Y邸の茶室
ふたつめが、店内を見渡せる厨房の壁に照明のスイッチを集めること。
お店のスタッフが、自分の目で店内の明るさを確認しながら調光器で操作できるようにするためです。
あとは、閉店後、店を出るときのために出口付近にスイッチをつけてほしいというお施主さんは結構いますが、それは当たり前なので言うまでもなく考えます。
Hさん
電気の回路についてもお聞きしたいです。
厨房と客席の回路は分けますが、客席でもカウンター周りと奥のテーブル席を分けますか?
Kさん
予算があって可能なら、なるべく回路は分けて、調光も空間ごとに変えるのが一番逃げが効くやり方ですね。
Yさん
今、デザインを担当しているお施主さんは、調光マニアで、「全て調光の照明にしてほしい」と細かなオーダーをいただきました。
トイレの照明まで調光器をつけていますが、どうせ調光をするなら僕はそっちのほうが好きなんです。
でも、調光器をつけるほど費用がかかるので、お施主さんからの要望がなかったらできません。
照明デザイナーからしたら、調光をつけるのは素人の仕事でプロフェッショナルではないとされますが、僕らは照明専門ではないので、お施主さんのニーズに応えるとなると、調光をつけることになります。
というのも、お施主さんがイメージを持っていても、口で説明するのと現実では印象が違ってしまうから。
だから、僕らはお店ができあがった時点で、デザイナーとしてのイメージで営業中の調光の明るさを伝えています。
Hさん
先ほど、「(照明編/中編で)調光をすると光がボケる」とおっしゃっていたのはどういうことでしょう?
Yさん
”元々20ワットの照明”と、”調光で光を絞って20ワット相当の明るさにした照明”では全然違います。
後者は単純にボーっとした光の印象になります。
だから、プロの照明デザイナーは調光を嫌うんです。
Kさん
とはいえ、実際はお施主さんの予算がなくて満足のいく照明デザインが全くできないのが現状です。
Yさん
知識として話すことはできても、なかなか納得のいくものはできないですね。
照明メーカーのプロを入れてもダメです。照明が難しすぎるんです。
Kさん
基本パターンは、ダウンライトとペンダントライト。
間接照明は予算がないと入れられません。
今、設計しているバーは、棚下照明の間接照明と調光をつけていますが、えらく高い。照明だけでも100万円になります。
Yさんも先日、10坪ほどの和菓子屋さんで、「照明デザイナーにお願いしたら、通常20〜30万円の器具代が100万円以上になった」といっていました。
照明は普通にデザインしようとすると、器具自体が高いこともあってべらぼうな金額になります。
Yさん
僕が計画するよりも、照明のプロが計画するほうがよいものができるけど、少しの差なのに20万円と100万円の違いは大きいですよね。
だから、一般的にデザイン事務所の場合は、照明デザイナーや照明士にコーディネートさせますが、山翠舎の場合はそこまで時間も予算もないことが多いので、僕らが担当します。
Kさんも僕も照明を考えることが好きですし、山翠舎のデザイナーには、カフェを多く担当し、色っぽい、いい感じの照明計画をするデザイナーもいるのでお任せしてもらえるといいですね!
▼Trattoria Quattro Ragazzi カウンター照明
照明は使い方や色合いなどが変わることで、空間の雰囲気がガラリと変わってしまいます。
つまり、全体に統一感があり、雰囲気がよいお店づくりをするうえで、照明選びは重要なポイント。
また集客においても照明は有効に活用できます。その分、照明は奥が深くて専門的な知識が必要だからこそ、デザイナーに相談して求める雰囲気づくりを追求していくことが大切です。
いかがでしたか。照明編はこれで終わります。
次回は「vol.3外観編」をお届けします。