今回は雰囲気がよいお店づくりのポイント「外観編」、前編に続く中編です。
登場人物/見習い H さん/K さん/Y さん/K さん/ゲストアドバイザーS 氏
Kさん
外観の問題として、外部に木を使うと経年劣化してしまうというものがあります。
環境にもよりますが、2~3年でだんだん黒くなってしまいます。
Yさん
「ひねもす」さんのファサードは全部木材ですが、オーナーさんが「木を使いたい」との要望でしたので、あらかじめ雨が当たる部分に木を使うリスクを十分承知していただいたうえで使っています。
▼「ひねもす」さんの木材を使用したファサード
Kさん
僕が以前から思っていることは、あまり劣化しない塗料を考えるべきだということです。
その有力候補が、液体ガラス塗料でメンテナンスフリーのような使い方ができるものです。ほかにはセラウッドというセラミック系の塗料も紫外線に強くて素材の劣化が遅くなるとされています。
何らかのかたちで劣化しない方法を塗料から考えるべきだなと思っています。
隈研吾さんの発想では経年変化の美もありますが、劣化して腐ってしまうと交換しなくてはならないので、そのへんをどう考慮していくか。
Yさん
まず「竹蔵」さんは、ファサードのガラス面が全部取り払えるようになっています。
オーナーさんが近くでもう1店舗経営しているので、外したガラス面はその店に収納するんです。というのも、ここは毎年夏祭りが盛大で、その際には扉を外してフルオープンにし、入口前に縁台を置いて料理などを販売できるようにと提案したところ、受け入れてもらえたからです。
それと、下框(したがまち)がある扉の場合は、雨が降ると水が染み込んで、毎回そこから腐ってしまうので、その部分をコーキングで埋めるなど何かしら工夫します。こういう造りの扉は劣化しやすいのが宿命ですが、そこを工夫しないといけません。
▼「竹蔵」さんのファサード。ガラス面が全部取り払えるようになっている。
Kさん
対策のひとつとして建具を工夫する方法もありますが、建具が一番長持ちするのは庇(ひさし)をつけて雨や日光が直接建具に当たらないようにすることです。
昔は深い軒がある和風住宅が多かったのですが、今はモダンスタイルとなり、庇がないケースも見受けられますね。
S氏
補足すると、最近、デザインにこだわってつくった宿泊施設の建具に直に水が当たるのでメンテナンスが発生しました。
デザインによってメンテナンスが必要になるのであれば、あらかじめ「デザインを重視した場合、1年以内に木が反ってきて、対応は有償になるけれど問題がないか」としっかりと確認をとっておく必要があります。
どうしても格好よさを求めるなら、半年に1回のメンテナンスがあってもいいと思います。
Kさん
3年に1回、防腐塗料を塗りましょうという提案もいいですね。
S氏
基本的に庇をつけるのは当たり前で、その費用を惜しんだがゆえに木が反ってしまうこともあるので、承諾を得ておくことが必要です。
Kさん
ただ、僕が今まで施工をした建物の場合は、庇をつけたいのに道路境界線からの距離がなくてつけられなかった場合が多くありました。
Yさん
「道路境界線から建物がどのくらい出ていいか」というのは、各都道府県の『道路占用許可基準』という条例で決まっていて、看板と日除けも対象になります。
ファストフードのチェーン店やファミレスなどは完璧に守っています。
家主さんは敷地いっぱいに建物を建てたいと思うので、その条例のおかげで庇をつけたくてもできないケースが圧倒的に多いんです。それが一番悩ましい問題です。
Hさん
私が今、手がけている北千住のお店も敷地いっぱいに建物が建っていて延焼ラインにかかっているんですが、シャッターをつけなければいけないので、営業が終わったら木製建具にシャッターをおろしてもらうようにする予定です。
Yさん
可燃物とシャッターの距離の有効寸法をチェックしないといけませんよね。
ちなみに「ひねもす」さんはシャッターがあって、なおかつ17時からの営業なので、日中は日光や雨が当たらないぶん、木製建具でもよいのではないかという発想もありました。
Kさん
あと、木製の扉は南向きの場合、日が差し込むので注意したほうがいいですね。西日もあまりよろしくない。
Yさん
紫外線と赤外線の影響があるので、僕は現場に行ったらすぐにスマホで方角を確認します。
南向きは外側が、西向きは店内が暑くなりますし、南向きや西向きのお店の場合、建具のハンドル(引き手)を木製にするとすぐに劣化します。
そこで建具のハンドルを真鍮などの金属にすると、格好いいし壊れにくいんですが、夏は熱くなって触れません。だから、お施主さんにお断りを入れ、「南向きなので熱くなりますよ」と伝えて、「それでもいい」と言われれば金属にします。本当に熱いので、ちゃんと伝えないといけません。
Kさん
「熱くなりますよ」と言っても「なんとかなるでしょ」と言われますが、ものすごく熱くなって触れませんからね。
実際に僕も、立派な蔵戸を使った焼き鳥屋で建具の金具に異常に日が当たって熱いといわれ、「触れないことはないだろう」と思ったら本当に持てませんでした。
それで、デザインを崩したくなかったので、考えた挙げ句、革紐を買ってきて巻いたんです。
Hさん
雨に強い自然素材を使ったりと、選ぶ素材も重要ですよね。
Yさん
小さなことですが、大事な話です。
それに、デザイナーの本来の仕事は、客数を多く入れて売上が上がるような心地いい店、話題になるような店をつくること。お施主さんのビジョンを形にしてあげることが仕事です。
だから、今話してきたような細かいことを意識していたら一般的にはデザインはできません。それでも、我々はデザイン事務所の依頼を受けているわけではなく、設計・施工会社である山翠舎のデザイナーですので、説明責任があります。
本来のデザイナーはそんなことは言わず、隈研吾さんもそんな説明はしないでしょうが(笑)、注意事項もちゃんと述べるのが山翠舎のスタイルということです。
Hさん
店舗のサインにはどういう種類があるか、なども知りたいです。
Kさん
サインは山翠舎風にするなら、なるべく電飾看板にしないようにしています。
内部に蛍光灯が入ったような、明るくて目立てばよいという環境にマッチしていない看板はよろしくない。電気を使う場合も、板に店名を書いて下からスポットライトで照らすほうが山翠舎っぽくなりますし、暗い場所なら少ない明るさでそこそこ目立ちます。
大切なのは、サインで目立つより建物全体で目立つことです。
Yさんが話していたように、格子から漏れる光で店内が見えるのも、ひとつの行灯サインのようなものです。だから、文字のサインではなく外観のデザイン自体がひとつのアイコンになり、それでお客さんがお店を認識してくれるイメージです。
Yさん
ほかには客単価もあります。
極論に近いのですが、僕の場合はまず、客単価が安い店は店名を大きく入れ、高い店は控えめに入れます。
そこで、最初にお施主さんに会ったときに、客単価の想定をお聞きします。
それに、多店舗経営をされているオーナーに教わったのですが、客単価は実はファサードの色にも関係してきます。例えば和風の店をつくるときに、白漆喰など白いファサードは高級に見えてしまうのでやめてほしいといわれるケースがあるんです。なので、土壁にしたりします。
イタリアンであれば白壁のほうがイタリアンっぽいんですけどね。
S氏
実は冒頭で話そうと思っていましたが、うどん屋はどうしたらうどん屋っぽくなるか。イタリアンはどうしたらイタリアンっぽくなるか。それは似顔絵を描くような感覚が凝縮された世界のような気がします。
Yさん
“らしく”見せることはものすごく大事なことです。
例えば民族色があって、それが一番表れるのが国旗の色という説があります。
以前にイタリアンのお店をデザインしたときに、オーナーに言われたが「イタリア国旗のカラーを店に掲げると認知度が高くなる」ということ。フレンチならフランス国旗の色が入るとフレンチっぽくなります。そういう方法もあります。
それ以外だと、建具にもイタリアっぽいデザインのものがありますし、インドネシアや中国など、各国の建築様式に合わせたものがあります。それはデザイナーの引き出しによります。
あと、現地で修業をしてきたオーナーも多いので、一緒に話し合いながら常に新しいことを教えてもらう場合も多々ありま
すね。
あとは、先ほど話した通り、客単価にもよります。
Kさん
山翠舎なら、居酒屋でも割と高めな客単価のお店づくりになりますね。
Hさん
具体的に居酒屋で客単価高めというと、いくらくらいを指します?
Kさん
5,000~8,000円ですね。料理で5,000円、アルコールで3,000円、トータル8,000円くらいというのが、山翠舎がめざしているイメージでいいのではないかな。
S氏
ミシュランガイドに載っている客単価何万円という世界に山翠舎の店は入りませんが、ビブグルマンの定義である5,000円以下の店には山翠舎が手がけた店舗が入っています。
つまり、“ロブション”のように1年に1回行くような特別な店ではなく、月イチで通いたい店が、山翠舎がデザインするところです。
▼「荒木町 ろっかん」さん。ミシュランビブグルマン獲得店
Hさん
山翠舎でお店をつくりたい人は、客単価がどのくらいか考え、その金額ならどういうファサードやお店の雰囲気が合うかを一緒に考えていくということですね。
Kさん
ただ、安普請の店はつくりません。それと、古材は高いと思っている人が多いので、古木を使うと高級店になると思われがちなところが独り歩きをしていて危険な状況でもあります。
Yさん
高級ではなく上質な店づくりですね。
「ひねもす」さんのときもそうでしたが、僕がお施主さんに最初にお会いしたときによく言う言葉は「老舗感がある店をつくりたいですよね」ということです。
つまり、和洋中関係なく、昔からそこにあったような店、今のご主人で3代目、4代目というような店です。
Kさん
山翠舎の場合、老舗感でその店の品位を上げるイメージです。
今あるもののなかで品よく、よりよく、上質に見せる方向をめざしていきたいと思っています。だから10年、20年経っても陳腐化しないことがキーポイントになってきます。
今風の目立つ店をつくってほしいという人には、山翠舎の店づくりは向きません。
S氏
10年、20年先まで続く店づくりには、古木のような感覚が含まれていますよね。
火事にならずに今まで古民家に残ってきた古木には、お守りのような意味もあるのではないでしょうか。人間の人生のスパ
ンを超えて存在し続けているところに、店が長く続いていく象徴と祈願が兼ねられると思います。
Yさん
囲炉裏の上の自在鉤のようなものですね。自在鉤(じざいかぎ)に魚のモチーフが多いのは、水の象徴だからです。茅葺きの家でも火事にならないように、との願いが込められています。
古木も同じように、火事にならなかったからこそ今に残っている象徴ということですね。
S氏
ファサードも古木を使うことで昔からあった建物かのような雰囲気になりますし、今までの100年間と同様に、ここから100年続くような老舗をつくっていきましょうという思いが感じられていいですね。
Yさん
ただ、老舗感はいいけど、やはり上質と高級という単語の使い分けには注意をしないといけません。
上質=高級と取る人がいるので、うっかり使うと勘違いされてしまいます。
Kさん
「老舗」とは古くからやっていて伝統があるということで、高級という意味ではないですからね。時間の経過の重みを感じさせるような建物にするということです。
Yさん
そこをうまくお施主さんに説明ができるか否か。
Hさん
何をもって高級と思うか、老舗と判断するか。
Yさん
極端なことをいうと、高級な見た目の店をつくることは意外と簡単で、壁にも床にも御影石を張って、白木と柾目のきれいな板を使えば高級になります。
それよりも老舗感を出すほうが難しい。
それに、高級な店は従業員の服装や態度も重要で、デザインだけではつくれない部分も大きいので、「高級」という表現は言葉としてあまり使わないほうがよいと考えています。
(後編につづく)
vol.3 外観編 ▶前編はこちら
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