山翠舎のブログ

【小さなお店をつくる山翠舎のデザインマニュアル】 vol.3 外観編/前編

2022年02月09日配信

三鷹 ひねもす 1
山翠舎のベテランデザイナーである K さん、Y さんへの率直な疑問を、見習いデザイナーの H さんが投げかけ、業界動向を踏まえながら、基準寸法やリアルな経験に基づく考え方を図解していく企画。

3 回目は「外観編」です。今回も、山翠舎のゲストアドバイザー・S氏が登場します。


登場人物/見習い H さん/K さん/Y さん/K さん/ゲストアドバイザーS 氏

見出し候補_S氏付-1


【コンテンツ】
お題その 1/周辺環境とファサードデザイン
お題その2/木製ファサードの注意点
お題その3/サインにはどんな種類があるか
お題その 4/建具にはどんな種類があるか
お題その5/住宅を店舗にした場合のデザイン


【前編】お題その 1/周辺環境とファサードデザイン

S氏
今日は私からお話をさせていただきます。

世の中には繁盛店もあれば、そうではないお店もありますが、私は繁盛店の前提として、格好いい店でないといけないと思っています。

というのも、飲食店を構成する要素に、デザイン・味・接客の三要素があるとしたら、まずはお金で解決できる内装を制して味の追求とサービスの向上に努めれば、繁盛店やつぶれないお店ができるであろうと思っているからです。

山翠舎としては、古木のように長く生き続けるお店をつくっていくべきだと思っています。

ということで、今日はファサード(外観)がテーマです。

Yさん
そういうことであれば、まずはこの写真(↓)を見てください。恵比寿にある寿司屋です。

写真 1(1)

Kさん
私も一緒に行って写真を撮ったんですが、入口の扉の横にYさんが並ぶと、Yさんの身長よりも扉が小さかった。

Yさん
高級寿司屋ですが、建具が入口の一箇所だけで、高さが160cmほどしかなくて窓も何もないんです。


Kさん
隣の部分もこの店のファサードなんだね。


Yさん
あと、次の写真。先日、ファサードの仕事でデザインを担当した三鷹市の「ひねもす」さんです。

▼改装前(ビフォー)

改装前ひねもす
▼改装後(アフター):照明を全部取り払い、ガラス窓を格子窓に変更。

三鷹 ひねもす 1


上がビフォーで、下がアフターですが、実はこの店、JR三鷹駅の横にあるのに、下の写真を見るとわかるように、周囲に何もなくて夜は暗いんです。

それで、『木を使って山翠舎らしいファサードにしたい』というご要望を受けて、

最初に照明を全部取り払うことから着手しました。

というのも、ここはご夫婦でやっていて、奥さんが熱燗の資格を持つ燗酒の専門店なんです。

だから、大人の隠れ家のようなお店をつくりたかったので、明るくする必要がないと思いました。

Kさん
夜は庇の下の照明しか光らないの?

Yさん
足元の行灯も光ります。夜の写真は残念ながらまだ撮影できていないんですが、

要するに、周りに建物がなければ、ファサード自体は暗くていいということです。

もちろん、客層によるもので、渋谷のまちなかにあるならダメかもしれませんが、東京のなかでもローカルエリアにあって、周りが暗くて地元の常連様が行くような店であれば、こういう考え方もあります。

それと、次の写真は店内から外を見たものですが、「あの人、また夕方から飲んでいるよ」とご近所さんに言われたくないので、地元客を呼び込むお店は、特にこういうところを意識しないといけません。

三鷹 ひねもす 2
改装前はすだれが下がっていましたが、中と外が丸見えで駅のホームからも覗けてしまうくらいでした。

今回はファサードのみの変更だったため、内装は既存のままですが、駅のホームから格子で中が見え隠れし、明かりが漏れるようにも計算しています。


Kさん
周辺環境というか、やはり一番考えるのは、オープンにして店内を見せるか、クローズドにするかの二択です。

Yさんも言っていたように、ローカルの場合は、基本的に近所の人の目があるのでクローズの考え方で、なるべく中が見えないほうが気兼ねなく店に入れます。

ただ、一般論としては、知らない人が入りやすくするためにはオープンにしたほうがいい。

その場合、あまりにオープンにすると中が見えすぎて居心地が悪くなるので、どう調整するかが重要です。

我々がよくやっているのは、先ほどの「ひねもす」さんのように窓に格子を入れたり、すりガラスにしたりする方法

いろいろな見え方を気にしながら、外からの目線が中の人とあまり重ならないようにしてあげるのがいいですね。

 


Yさん
ちなみに店名の「ひねもす」とは「夜もすがら(夜通し)」という言葉の反対語で、「朝から晩まで、一日中」という古語です。この店名だけでは何屋かわからないので、オーナーが決めるネーミングと合わせて、我々は看板の見せ方も提案していかないといけないと思っています。専門性が高い業態ではなおさらです。


Kさん
やはり何屋かすぐにわかることは大事です。

基本的に10m手前からわかるのが集客の要因になるといわれているので、その距離からでも、居酒屋、焼肉屋、バーなどわかるようにしてあげるのが一般的には無難です。

とはいえ、そうやっていくとどの店も同じような外観になってしまうため、逆に店名を際立たせずシンプルな外観にしたほうが目立つ場合もあります。

今風のモダンで流行っている隠れ家的な店は、外からわかりづらい「この店は何だろう」と思わせるほうが目に留まるという方法です。

どれが最適か、デザイナーはお施主さんの希望を、コンセプトを踏まえて提案していくことになります。

Yさん
「ひねもす」さんは地元のお客さんを対象にしていて、常連客が多いので特に提案はしなかったんですが、恵比寿や渋谷にある店なら「燗酒」という単語を外観のどこかに入れて、燗酒に特化した店であることを示すように提案します。

Kさん
実は私はクローズ系のお店はあまりつくっていないんです。というのは、都心でやっている店を手がけることが多いから。クローズとオープンの中間のようなお店を一番デザインしていますね。

S氏
余談ですが、昔、寿司屋からドッグカフェに改装した店があったんですけど、そのオーナーが数年後に「寿司屋や蕎麦屋などの昔ながらのお店はクローズドが多かったが、中が見える開放的な店にした」と語っていたことが印象に残っています。

Kさん
「これからはこういうオープンなスタイルだよね」ということを言いたかったんでしょうね。お店はブランドになるので、お店づくりで自分を表現したい人は意外と多いんです。

だから、ギラギラした店のオーナーはそういう雰囲気の人だし、素朴な店のオーナーは素朴です。

お店は結構、人となりを表すので、僕もそのオーナーの雰囲気の店をつくるようにしています。

 


S氏
お店が人を表すのは間違いないですね。そういう意味でいうと、ファサードはどうですか?

Kさん
ファサードも人柄と同じようになっていくのではないですか。僕自身は、ファサードはあまり着飾らないものにしたいと思っています。


Yさん
では、新たな写真をアップします。これは神奈川県横浜市の綱島にある「竹蔵」さんという鉄板焼の店です。

この店はローカルですが、駅から自宅に帰る人が多く通る道沿いにあり、鉄板焼でイチボなどのステーキを出していたりして、女性客も多いので、中が見える店にしました。

竹蔵1-1

なので、ローカルでもいろいろあります。こちらのオーナーは近隣でもう1店舗、別の店をやっているので、近隣環境も教わりながら自分でもリサーチして、このようなファサードにしました。

Kさん
要は、ローカルでも若い人が来る店はクローズにしなくてもいいということですね。年配の人のほうが体裁を気にするから。

Yさん
「ひねもす」さんで熱燗を飲むような客層は年配客なので格子をつけました。

一方で「竹蔵」さんはオープンにしたということです。その代わり、「竹蔵」さんはカウンター席のお客さんが外の人と目が合わないよう、外からは背中しか見えないかたちにしました。

そして、開店後に最初に来店したお客さんは、道路に面した席から座ってもらうように提案しました。そう
すると、繁盛しているように見えるのに、お客さんの顔はわかりませんから。

あと、背中を向けていると背後のガラス面にぶつかって割れた場合、怪我をすることがあるので、ある程度の距離を取っています。そこまで考えて設計しています。

それと、L字型カウンターの脇の席の人は、外から横顔が見えてしまうので、デザイナーは結構工夫します。

竹蔵2-1

Kさん
ただ、ファサードから入ったときに間口が広いなら「竹蔵」さんのように外から背中が見えるかたちにデザインできますが、大体の店は間口が狭くて奥に細長い敷地が多いので、カウンターを縦に配置することが一般的には多いですね。

それと、僕は外から背中を見せるデザインにする場合、入口を入りやすくするために、カウンターを壁面と平行にせず、ちょっと斜めに振ることが意外と多いです。

直角にカウンターを持っていくと座れる人数が少なくなってしまうのですが、斜めにすると入口とカウンターの距離が取れて、扉を開けたときに空間のスペースが確保できます。

前編_カウンター

▼ふらっと日な田さんのカウンター 斜めにすることで入口とカウンターの距離を確保した事例

ふらっと日な田カウンター


Yさん
あと、前回の照明編の話に通じますが、この「竹蔵」さんの照明は入口と向かって右側のところしかありません。この右側の照明はオーナーが「どうしても付けたい」と希望したものですが。つまり、外観はギラギラと明るくする必要はないんです。

窓に格子がはまっている店もそうですが、店内から溢れる木漏れ日のような光に風情があります。だから、出入口にだけ照明があればいいんです。


Kさん
それと、中を見せるなら壁面のガラス面は大きくなりますが、そのぶん、人とぶつかって割れる危険性が高くなります。

そこで、ガラス面を分割して小さなガラス面にすれば割れにくくなりますし、割れてもコストが抑えられます。

また、ガラス面を分割した場合、中が見えにくい型板ガラスと透明なガラスを組み合わせて調節する手法もよく使います。

腰の部分も脚が当たると割れやすいので、割れにくさと中の見えにくさを考えて腰板をつける方法もありますね。

前編_建具ガラス
(中編につづく)


シリーズ企画【小さなお店をつくる山翠舎のデザインマニュアル】こちらも合わせてご覧ください!

vol.1 カウンター編 前編 ▶中編 ▶後編

vol.2 照明編 ▶前編 ▶中編 ▶後編

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